6月後半の空き状況を掲載しました。セミナーの関係で空きが少なめです。お早目のお問い合わせをお願いします。
アイヌ語ってこんな感じ
今は便利な時代になりましたね。
貴重な音源をシェアすることもできる。私たちの遠い記憶に響く言葉がある。
忘れてはいけないものがもう失われつつあることも知っておいて欲しい。
ひとつの言語が消えていくってどういうことなんだろう。
でもこの世界は生まれては消えていく。それを何度も繰り返している。
私たちはここから未来へ進むしかないんだけれど、「ここ」がどこから来たのかをわかっておいたほうが、自分らしく生きられると思う。
だから過去になりつつあるものたちへ、愛と敬意をあらわしておくことは、とっても重要なんだよ。
先住民は神様そのものなんだから。
皐月四日の雑記:Pythonが書ければとりあえず生きてはいける
森のグリーンと、空のブルーの対比がとても美しい季節。
北海道はこの時期がとても過ごしやすくていいですね。
サロンは日中は、鳥のさえずりがよく聴こえて、ヒーリング中は森林浴をしているような空気で満ちています。ヒーリングしているほうも心地よくなってしまいます・・・。いえ、けして居眠りはいたしません(笑)
以下、ITのコラムです。ちょっとだけ専門的。
Pythonという言語があります。とても馴染むので、ちょっとだけ仕事で使っています。(Webサイトのデータをバックアップする時に手順をちょっと自動化したのです)
これでも20代前半、昼夜をとわずほとんどプログラミングをしていましたので。ちょっとぐらいならコードを書くこともできます。ほんの少しのスキルがあれば作業をものすごく効率化できる。コンピューターは指示さえ与えれば疲れず間違えず愚痴もこぼさず淡々と作業をこなします。
日本のコンピューターの普及率をみると、スマホやタブレットほど浸透していないというデータがあります。家庭でもそうですし学校でも同様。学校でネットに接続されているコンピューターを使える環境は更に比率が低くなります。プログラミングを学ぶ環境は、やはりスマホやタブレットではなくコンピューター(しかもネットに接続されている)のほうが向いています。環境が整っていないということは、学生(できれば高校まで)のうちになんらかの言語を習得できる機会が少ないといえます。
コンピューターを自由に使いこなせるスキルはできるだけ早い時期に身につけさせたい。キー入力をブラインドタッチでできることもそうですし、インターネットから情報を引き出せたり、さまざまなデータをダウンロードしてきたり、SNSで情報交換ができたり。あとは最低限、英語の資料も読みこなせる能力も高めたい。
ネット環境とコンピューターがあればPythonはすぐ学ぶことができます。
この記事でも言及している日本のコンピューターの普及率のグラフを書くぐらいなら、中学生が夏休みの自由研究でゼロから取り組んでも数日で完成できるでしょう。
Pythonでネットにある無限のデータをダウンロードしてグラフ化できるスキルがあれば、どの企業のどの部署でも仕事をこなせる。もしかしたら肩書ばかりの管理職より初年度からレベルの高い仕事ができるかもしれない。発達しょうがいを持っている子達は、目的が明確であれば集中力を発揮できることがあり、プログラミングが向いているかもしれない。
実際、コンピューターの環境が整っている比率が抜群に高い英国では、一般企業で発達しょうがいを持つ人を積極的に雇用している。日本はなかなか追いつけないかもしれない。
若い子には、ネットに自由に接続できるコンピューターに自由に触れるように環境を整えてあげて欲しい。若いうちにしか身につけられないスキルもある。専門学校や大学に進んでからではちょっと遅いぐらい。まして就職してから研修を受けて、というのではあまりにも遅すぎると思う。
Pythonが書ければとりあえずこれからの時代、食べていけるだけの仕事にありつけるだろう。
※Python=パイソンと読みます。コンピューター言語のひとつ。たくさんある言語のなかで、もっともデータ処理の分野で活用しやすい。一般的な事務処理、統計処理に活用するとすべての仕組みが効率化できるといっても過言ではないほど応用範囲が広い、とても柔軟な言語です。(無数のライブラリを統合できる仕組みも素晴らしい。)
卯月二十一日の雑記:精神と心、精神と身体
今日はとても肌寒いです。我慢せず暖房をいれてます。
よく身体の声をきこう、というお話をします。私たちは精神的な存在なので、身体の都合を軽視しがちです。身体の声をきくことができれば病気にはなりません。いや、病気は身体からのサインともいえます。病気をしたら、身体の声をきいていれば自然治癒しますね。
精神と心はまた別ものです。心の声をきくことも大切。心が揺れている時はあまり無理をしないほうがよい。心のゆらぎは、そのまま自律神経への負担となります。そこから身体の変調につながっていく。精神、心、身体。この3つの相関関係からくる不調和は少しやっかいです。
心の状態を無視していると、身体に出ます。身体に出ても無視していると日常が思うようにおくれなくなるほどペースが落ちてしまいます。最悪はなにもできなくなってしまうかもしれません。
なにごとも自分に無理強いをしすぎないよう心がけたいものです。特に季節の変わり目には少しゆっくりペースで過ごすようにしたほうがいいでしょうね。
そして不調かな、と思ったら早めに第三者にみてもらうことも心がけてください。
西洋医学は対症療法ですから、とりあえず身体の症状は緩和できるかもしれませんが、心の問題、精神とのギャップにまで踏み込んではくれません。皆さんの心、身体、は皆さんの精神(意識)とは意見が違うことが多いものです。
卯月十五日:記憶は時空に刻まれ幾千年と受け継がれる
北海道はいたるところに縄文遺跡があります。埋もれたままになっていて、掘り下げたらもっとたくさん遺跡がそこら中から出てくるかもしれません。
子どもの頃、近所の畑にいくといくらでも縄文土器のかけらが落ちていました。
今も年に数回は遺跡のあった場所に出向きます。しばらく瞑想していると、そこでどんな人達がどのように生活していたのか伝わってきます。遺跡毎にまったく違う情報が降りてくるのが不思議です。
今でも古代のシャーマン達が祈りを捧げ続けていることもあるし丁寧に挨拶をして出迎えてもらえることもある。

ここは年に一度、こっそり訪れる古い遺跡。数千年、手付かずの原野のまま放置されている。
でも、ここにくると記憶がリアルによみがえる。
一年前にここを訪れた時の意識もすっかりよみがえった。過去にワープしたようにすら感じたほど。来年、またここにきたら同じように感じるだろうか。この場所にくるとなぜか情報が時空をこえて刻まれていることがはっきりわかるような気がする。
北海道、不思議な土地だ。半世紀以上この大地の上で生きているのに、まだ知らないことのほうが多い。
本日(5月9日)の神宮梅園
梅園の梅が満開です。ここまで全開なのも、あまり見かけない感じです。今年はなぜか桜は先に散ってしまい、梅が取り残された感じですね。まだ数日は大丈夫だと思います。

以下雑談。
撮影は一昨年あたりまでは一眼レフを使ってみたりしていましたが、もはや手元のカメラよりiPhoneが何倍も高性能になってしまいました。最新のiPhone7はデュアルレンズで、6に比べても更に手軽に簡単に奇麗に写ってしまいます。
でも、なんだか見た感じと撮影したものは違います。なぜ違うのか、どうすれば一致するのかいまだによくわかりません。そもそも自分が見えているものが他人と同じわけはなく、見えているものを再現しようとすることに無理がありそうです。
写真を撮る度に、ついついそんなことをじっと考えてしまい、夜も眠れなくなるのです。とはいっても寝たらもう忘れてしまいます。歳をとると忘れやすくなるのは良い傾向かもしれません。
これからの時代を駆け抜ける為の心がけ
毎日、刻々と時空が加速しているので、誰しもがなんとなくこれからどうなっていくのか?すごく気になるところだと思います。
私たちの「心」は元々が怖がりで、変化に適応するのにすごく時間とエネルギーを必要とします。でも、心のあるがままにしか生きられないのも、また私たちの宿命でもあり、いかんともしがたいところです。
変化せざるを得ないものなら、心を穏やかに保つ工夫がまずいちばんに必要になるでしょう。そのうえで最善と思われる選択をし続けていくことになります。
これからの時代が変化していく、という兆しをどうとらえるのか。
私は日々、これから起きることすべては吉兆だと思っています。どんな見方も可能だし、ものごとすべて光かがやいてみえる側面がきっとあるのだから、そこをとらえていこうかと思うのです。

そういえば今日だいぶ以前のおみくじがポケットから出てきました。しかも未開封。ずっと忘れたままになっていたようです。果たして未来のおみくじをひいてしまったんでしょう。さて、問題はいつ開けるか。忘れなければそのうちに…。












