とうとう!

歯の治療がついにおわった。歯に関していえば、忙しさにまぎれて不摂生の人生だった。一度、大きな事故にあって歯を折ったことがある。事故の後遺症からたちなおって、やっと歯の治療もどうにかおわったが、早く忘れたい出来事だった。どうもその時のことがけっこうトラウマになっていたのかもしれない。そうでもなければ、こんなに歯医者ぎらいにはならなかったような気がするから。

とにかく歯にまつわるいい思い出がない。自分にとって歯というのは、いつもどこかしら調子悪いもので、ありがたいと思ったことがなかった気がする。人に対してはセッションではいつも、なにごにも感謝しましょう、なんていっていながら恥ずかしい…。

だましだまし治療していた箇所がまた不調になり、思い切って全部治してもらった。4ヶ月ほどかかったが、通った甲斐があった。

一番大きな收穫は「歯みがき」を教わったことだ。みんないつの間に習ったんだい? こんなに丁寧に歯みがきのやり方を習ったのは人生ではじめてだよ。幾つか
目からウロコの気づきがあった。力をいれないほうがよいこと(歯茎が傷つくんだよ)、歯磨き粉は重要ではないこと、裏側は歯ブラシを縦にもつとうまく磨けること、奥歯の奥のところは先の細いブラシをつかうと効率よく磨けること…こんなにノウハウがあるなんて。

どうして子供時代に習う機会がなかったのかな、と疑問に思ったりした。母親に文句をいうつもりはない。それどころではなかったからね。

さあみんなも、もっと歯医者にいこう!

#結局、過去に治療した歯をほぼ全部、やりなおしてもらった。一番、最後は水銀のアマルガムのつめものだった。それを取ってもらった時、なんだか長い人生のつきものが落ちたような気がしました。水銀を解毒するレメディもとりはじめた。なにか変化があるのか、ないのか。人体実験中ですよ。

とてもありがたいなやみごと。

毎日、それこそかなり一生懸命働いていると思います。若い頃よりがんばってるかもしれませんね。
それでも、なぜか追いつかない。
最近は特に追いつかないのが、サーバー。

たぶんあと改善したほうがいい箇所が千項目以上はあると思う。直すのに数百時間かかるだろうな。

HPを家にたとえれば、とりあえず作業用の掘っ立て小屋みたいな作りですからね。そっちを直せばあっちがだめになり…といつもいきあたりばったりです。

そんな「あばら屋」みたいなHPでも、だんだん見に来てくれる方が増えてきましたね。最近は、更新がうまくできないことが多いのですよ。一応、CMSスタイルなのでブラウザーで作業することがおおいわけです。すると、HPのサーバーがおちるんです。自分がおちてるんだから、きっと見ていてつながらなくなる人もいるはずなんです。これはよくないでしょう。(落ちる原因は負荷が重過ぎるんだと思います)

たくさんのページが動いているので、やむをえず古いコンテンツは退避させたり(惜しむ声もあるのですが。嬉しいことなんですが、全部だしておくと追いつかないもので)して急場をしのいでいる状況…。これじゃ、先がおもいやられます。

かといって、またサーバーを引っ越しするのは膨大な作業量になり、考えたくもない。。。でも、ひょっとしたら移さないとこの先、また落ちるかもしれません。サーバーリソースは有限ですからねぇ。あぁ、こまったな。でも、まさしく嬉しい悲鳴ですね、ありがたいことです…。

みんないつもこんなできの悪いHPに見に来てくれてありがとう!

ほっとする発見

よく読んでいるIT系のブログに、「人間関係がねじれていくのは自分が原因である。」また、「自分の性格や価値観は簡単には変えられないが、行いは努力で変えていける。」こんなことが書いてあった。

自分の身に起こることの原因は自分にある。この考え方は、最近引き寄せの法則という言葉がはやっているらしくすこしずつ浸透してきたようだ。スピリチュアルな世界ではカルマの法則として普遍的に語られてきたことだ。また仏教には因果応報という考え方があって、仏教圏の私たちにはさほど目新しい概念ではないと思う。が、本当に自分の日常に、人生に、この法則は厳密にあらゆる事象に完全な影響を与えているのだということまでは、なかなか理解されていない。それは「じゃぁどうすればいいのよ?」という誰しもが感じる疑問に明確な解が得られないからだろう。

ネットのそこここで、こんなふうに「自分の行いを努力で変えていけば人間関係はうわむくのだ」という言葉をみかけるのは、すこしほっとする気がする。要するにどうすれば?という問いに対するこれもまた普遍的な解は「努力」なのだ。結局、スピリチュアルをひもといていくと、昔からじいちゃんばあちゃん、おやじやおふくろが口うるさく言い聞かせてくれていた言葉につながっていく。

月をみておもう

なにか、いい感じの満月でした。静かで、それでいてなにかが充実するような。そんな時期なのでしょうね。

じっくり腰をすえてこれからの人生をみつめたり、答えをだすべく準備をしたり。
何年もかかる巡礼の旅にでる支度にとりかかるような。
毎日、うちつづけなければいけない蕎麦打ちの修行にとりかかる、最初の日のような。
開業をめざす人は、いい物件をみつけるべく、まず願掛けに神社にでむきたくなる。
そんなはじまるの日にするといい流れがやってくるでしょう。

今日はたまたまレイキのトレーニングもありました。そんな今日という日に伝授をうけられる機会を得た人達の人生が、明るく輝かしいものになることを願わずにはいられない、そんな気持ちになりましたよ。

レイキには間違いなく開運の効果があります。日々、積み重ねていくにはこれほど実践的で結果に結びつきやすい技法も、なかなかないのではないかと思います。年齢や経験に関係なく誰でも取り組める、というところがすごくいいですね。深めようと思えばどこまでも深められる。でもシンプルにさらっと簡単に使うこともできる。1+1=2にもe=mc2(二乗)にもなりえる知恵でありテクニックでしょうか。

自分はほんとうになまけ者なのだろうか

働かざるもの食うべからずともいう。

「なまけてないで、もっとしっかりがんばりなさい」と他人に言われることがある。
人は自分の鏡、ともいう。
そうすると、
「あ〜、これは自分がなまけているのだな、もっとしっかり努力を積まねばならないという戒めなのだな、自分がだらだらしないように人様がいたらない自分の鏡になって叱咤激励してくださっているのだ、相手を憎まず、感謝して、そして一生懸命がんばるべきなのだ…。」
このように解釈すべきなのである。

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いや、でもなにかおかしい。
人から厳しくいわれる、叱咤される。
人は自分の鏡ともいう。そこでなにに気づくべきなのか。
「自分はなんてなまけものなんだ、どうしてもっと努力できないんだ、あ〜、自分はなんてダメな人間なんだ」
こう思っていると、そういう自我の鏡となるべく人から「そうだそうだ、おまえはなまけものだ、もっと努力をしなければ地獄に落ちるよ」と指摘される。

もしかしたら自分の意識が「自己否定」の方向に必要以上に傾いていて、そうならないようにニュートラルに戻しなさいよ。そのことを人様が鏡になって指摘してくださっているのかもしれないのだ。

そうすると、この場合は、
「ちょっと一休みしよう。そしてあまり自分に必要以上に厳しくなりすぎないように冷静に自分を見つめてみよう。」
こう解釈すべきなのではないか。

自分のこころの底を自分で見通すことはなかなか難しい。

デジタルネイティブからモバイルネイティブへ

若い世代の人達にとってもはやケータイは空気のようなものなのだろう。それがあって当たり前。もはや彼らからケータイという機械を取り上げることは不可能で、キャリアはもっと便利にいつでもどこでも安く携帯がつながる環境を整備する他はない。毎日、たくさんのメールが飛び交い、ツイッターのような仕組みでゆるく楽しくつながっていく。でも、おそらくはその中で時代を動かし変革していくような動きも生まれるに違いない。それが経済を活性化し、ひいては地方自治や政治まで動かしていくのだろう。すでにツイッターがきっかけになって無数の出来事が派生的に生まれているのは否めない。政治家もかなりツイッターを気にし始めている。政府機関ですらツイッターで情報を発信するようになった。

ツイッターでカウンセリングはできるだろうか、いやできそうにない。残念ながらわたし自身はモバイルネイティブな世代にはついていけない。始終、iPhoneはながめているが、一番長く使うのは「青空文庫」や「ニュース」を読む為だからメールの為ではない。メールを打つのは100%はデスクトップのiMacからで使い易いiPhoneではあるがメールは打たない。日常でもケータイを通して長い文章を打ったり人とつながったりしようとは思わない。

ところが若い世代の人達はケータイが人生の主導権を持っている生活に慣れてしまったようだ。時代のギャップを強く感じる。そしてケータイ世代の若者達と、おじさんはこの溝を超えられないのかもしれない。でもできるだけケータイ文化に歩み寄り、歩調を合わせながら共存していきたいと願っている。ケータイ世代の人達も大事にするよ。おじさんはiPhoneが限界だけどブログはケータイでも読めるようにがんばってるんでよろしく。

#今やツイッターで予約を受け付ける飲食店が流行る時代です(予約のかなりの比重をツイッターユーザーが占めるお店もでてきているようです)。つぶやく→つながる→出会う。こういう図式は店舗オーナーさんならではでしょうか。これからお店をやろうって人は絶対ツイッターやるべきですね。

トイレのアプリ

iPhoneじゃない人には関係のない話題だが。
トイレを検索できるアプリがある。登録はボランティアだ。体の不自由な人や高齢者でも使い易い設備があるかどうかなど写真で確認できる。GPS機能で地図上に表示されるというわけだ。みんなの善意で、アプリが使い易くなっていく。そんな仕組みはとても素敵だ。小さなデバイスがこうやって社会に貢献をしていく。使い方次第では最先端の技術は人に優しい「愛の仕組み」になっていく。だからi(あい)Phoneなのか?などというジョークはさておいて、愛は形にならないと広がらないよね。思ったり、願ったりしているだけでは現実に困っている人達を助けることはできないものな。iPhoneで実現できることはもっと無限にあるような気がする。

もうすぐモデルチェンジらしい。さらに性能アップして発売されるというから楽しみだ。

オーラ・ハーモニーのお披露目

ひさしぶりのエナジー・ブレスレットです。
昨年も数セット限定で作った自分でもお気に入りで、いつも大好評をいただいているシリーズ。
「オーラ・ハーモニー」です。

今のところレイキメーリングリスト等、メーリングリストに登録している方に
ショッピングサイトへご案内する形でご紹介しています。

1年ぶりのオーラ・ハーモニー

オーラ・ハーモニーブレスレット、完成しました。
1年ぶりにつくりましたが、共鳴するチャクラのポイントを少しかえたり、効果も新たにプラスの要素をいれました。とてもグレードの高い石をつかったので、自分でいうのもなんですが…きれいでかわいい。

せっかくレイキメーリングリストを立ち上げたので先行して案内を掲載しました。このメーリングリストには光のサロンでカウンセリングを受けたことがある方でしたら、現在レイキを学んでいなくてもご登録は歓迎いたします(レイキってなに?ぐらいの好奇心をもっていただけるのなら大丈夫です)。携帯メールでも登録できますが、登録時にウェブにアクセスする必要があるんです。パケ代が気になる方はPCのアドレスでご登録ください。

#4セット限定なので、もし完売してしまったらごめんなさい。

音の幻想

先日のセミナーでご質問があり「ことだま」の話題になった。日本語には言霊(ことだま)という概念があり、言葉を発することでなんらかの効果がある。その日は「ありがとう」という言葉についての講義になった。どう使うべきか、どう使えば良い効果があるのか。それについて考えてみた。やはり言霊の効果はあるだろう。うまく使っていくことができれば、素晴らしい結果に結びつくかもしれない。だが、うまく働かない使い方をしている人もいるのかもしれない、とふと思ったのでした。

自分はどちらかというと言霊よりも、音霊のほうが専門だと思っているが、どちらも「音」であることはかわらない。音がさらに時代を変えていくきっかけになるかもしれない、という幻想をいだいている。