胎児の記憶

3歳ぐらいの子供が、お母さんのお腹のなかにいた頃を覚えていて、いろいろな説明をすることや、それらが奇妙に一致することはよく知られています。(臨死体験においても、多くの経験者が非常に似たビジョンをみることがあるという研究レポートもあります)不思議といえば不思議ですが、本当に胎児はその状況を記憶していて、生まれてから約3年が経過し、言語を習得した時に「3年前のことを思い出して語っている」ものなのでしょうか。

子供の潜在能力は大人になってそれを失ってしまった今となっては、完全に忘却の彼方なのですが、実に幅広い感知能力を持っている(いた)ようです。生まれたばかりの小さなあかちゃんが、なにもない空間をみて目で追ったりリアクションしていることも、実によくあることです。そういった幼少期の不思議な体験というのは、大人になるとまったく覚えていないもののようです。記憶というのは実に曖昧で、そして頼りないものですね。そして人類はやっかいなことに想像や空想する力を持っています。もっといえば他人の意識に共感し、感知する能力ももっています。いったいどこまでが子供の本当の記憶なのか、そうでないのかは簡単に判別することができないのではないでしょうか。

本当に胎内の記憶なのか、ということについては半信半疑と思っています(やや疑の比重が大きいかな)

とにかくやってみる、ということ。

時に「とにかくやってみる」ということも必要ではないか。
私たちにはとかく考えすぎる傾向があって、あれこれ「やってもみないで思い悩む」もの。
だが、なにごとも結果オーライである。だめなら、それはそれで学びになる。
であるならば、なにも損はないではないか。であれば、とにかくやってみる、というのも悪くない。
特にあまり時間がない方には・・・。

春。

春先には体調の変化を感じる。新しい季節に自然はおおきく衣替えをする。大地に種をまく人達は、この時期天気がきになるだろう。実際、寒い日がつづく。それでも私たちは衣替えをしなければならない。心も体も、それをのぞんでいる。たとえ寒かろうと、やはり衣替えはしたほうがよい。が、こう寒くては風邪をひきそうだ。。。ご注意あれ。

ヒーラーと出会うということ

みずからの未熟さを認める、ということは、時にとても大切だと思う。
心がすごく疲れている時はえてして、そんな自分を認めることができないでいるか、認めることすらも許していないか。
人生は努力も忍耐も必要かもしれない。が、時に自分を甘やかしたり癒したりする必要もある。

自分のこころを他人にすっかり委ねてみるのは案外勇気がいる。
みずからの未熟さを認めることができたとして、そのことを誰かに受け止めてもらえるかどうか。
そこまで他人を信じて自分そのものを委ねられたら、かなり楽になれるのではないだろうか。
委ねる側には勇気や思い切りが必要になるだろう。
受け止める側にはスキルと魂の度量が求められるだろう。
相性も大切でしょう。

いい関係を築けるヒーラー(癒し手)と出会うのは簡単ではないかもしれません・・・

自分を信じること

時々、痛感する。もっと自分を信じようよ・・・と。若いうちならまだしも、この年になると意外なところで自分が歩いてきた航跡を振り返る機会がおとずれる。特に僕のように人生前半とその後でまったく違う仕事をしていると、尚更だ。

そんなおおげさなことでなくともいい。書類をきちんと整理してあったかどうか、とか。過去の自分をもっと信じようと思うことがよくある。探していた書類なんかが見つからない時に、整理しなかった過去の自分を呪うわけだが、整理していなかったのではなく「整理すべき書類なんて存在しなかった」という勘違いだったりすることがある。探しても見つからないわけだ。思い込みは怖い。自分を信じられないのなら問題はないだろう。もし他人を信じられないとしたら、お互いにただ気まずい思いをするだけだ。まず自分で練習しようよ、と思う。信じる練習を。そのほうが気持はポジティブでいられる。

物欲考(4)

少年時代を過ぎ高校生になった僕は音楽に傾倒するようになり、無線への興味も失せていた。次に襲われた物欲は電子キーボードだった。いわゆるシンセサイザーである。最近はシンセという言葉もあまり使われない。昨今、キーボードは性能が高くなりすぎて、あらゆる機能が凝縮されてボタンひとつで無数の音を呼び出せる。逐一、音色を自分で設計して創り上げる人はいないし、そういう仕組みをもつキーボードはまったく一般的ではなくなった。

で、当時高校生だった僕は一式100万円もするシンセサイザーが欲しくてたまらなかった。逆立ちしても手にいれることはできない物欲の対象だった。で、仕方ないので手作りしてしまったわけだ。それでも一応、音はでた。その時点であの物欲は昇華されてしまった気がする。

30年以上経過した今、当時は絶対に手にいれることができなかったシンセサイザーのシステムは、なんと今、目の前にある一台のMacのなかですべて再現できてしまう。そんな時代が来ようとは想像すらできなかったが…。一応、夢はかなった・・・といえるのだろうな。

物欲考(3)

少年時代に「ハンダごて」の次に強烈に欲しくてしかたなかったもの…。それはテスターである。電子工作をしていると、どうしてもテスターが必要になる。電圧をはかったり抵抗値をはかったりできる。みえない電気の流れを目視できる道具はどうしてもほしかった。指先よりも小さい電子パーツが、どんな作用をもっているのかもテスターがあればある程度、感じ取ることができる。当時はあんなにはまっていたのに、どうして技術者の道に進まなかったのか今でも不思議なぐらいだ。小さな電子回路を作っているうちに、無線がやりたくなってきた。ラジオをつくってアンテナをつなぐと、遠い外国の放送がきこえる。自作のラジオでよくBBCを聴いたものだった。電波というのは不思議なものだな、と思った。地球をぐるっと一周してこんな小さなラジオで受信できてしまう。電波といっても波長によってさまざまな性質をもっている。短い波長の電波は、方向性が強いので発振器と組み合わせると宝探しができる。電波を発信することにも強く興味をおぼえ、モールス通信もある程度練習した。ハンダごてとテスターで随分と有意義な少年時代を過ごすことができた。それらの好奇心は高校生になってからは、すべて音楽のほうに吸い取られてしまい、それ以後、まったく電子工作はしなくなってしまったし、結局無線は国家試験を受けて合格したのに開局せずに終わってしまった。

で、当時のテスターであるがいまだに現役である。なので僕は人生でいまだテスターをこの1台しか買ったことがない。そのテスターには単三電池がはいっているはずだが、もう何十年もとりかえていないのに、いまだに電池は作動している(ありえない! が本当です) でも液漏れしているような気がして、あけたらもう使えなくなるようでコワイのだが。。。

ここまでもの持ちのいい人もまずいないことだろうな。でも、昔のものはどれも壊れにくかったのは事実だ。最近の製品は安くていいのだが、すぐに壊れてしまう。入手しやすくで便利になったが、いいものをじっくり探して、一生使えるようなものを選んでいく心がけは失いたくないと思う。

物欲考(2)

少年時代、欲しくてたまらなかったものがある。当時、まだ10歳ぐらいだったろうか。半ば強制されていたある習い事を自主的にやめた。小さい頃はそれも楽しかったような気がするが、母親が付き添ってくれて、帰りにおやつのアンパン(道南では有名なワネザキのアンパン)を買ってもらえるのが楽しみで我慢をしていたようなものだ。その習い事は、汽車かバスで通わなければならなかったのだが、学年が進んでからは一人で通うようになりその行き来の時間がつまらなかった。しかもバス通学をするようになってからは「バス酔い」をするようになったので、それがまた辛かった。バスでつかれはてて帰ってきて、ぼんやりしていたのだろう、道路にとびだしてタクシーにひかれそうになったことがある。
通う辛さから開放されたくて、習い事はゴネてやめてしまった。そのあたりから、自分がやりたいことを少しずつ主張するようになった。誰でもそういう年頃があるだろう。

そんな自分が最初にこれが欲しい!といってお小遣いを貯めて自分で買ったもの…。それは「ハンダごて」である。電子パーツを秋葉原に注文して買い集め、ラジオやらなにやらわけのわからない電子工作をはじめた。ラジオ少年は順調にそのマニア度を増していき、同時に音楽にも興味を持ち始めた高校時代には、当時はまだ高価でとても手がだせなかったシンセサイザーを自作してしまった。音はでたがとても実用に耐えるものではなかった。鍵盤も自分で作ったのだが残念ながら証拠写真は残っていない(笑)。もっとも、鍵盤の部品になるような木っ端を探してくれる父もまたかわっているのではないかという気がするのだが。。。

で、そのハンダゴテであるが、いまだに現役である。

物欲考

みなさんは多少の高価なものを買う時になにを参考にして買うだろうか。住宅や車といった高価なものから、たとえば海外旅行などの娯楽もしかり。日用品、家電品、なんでもそうだけれど人の話しを参考にしない人はいないだろう。というより、信頼できる筋の情報にはかなりウェイトをおくのではないか。もっといえば、ほとんどそれを頼りにして判断することもあるのではないか。多少、結果がよろしくないとしても「信頼した自分」を否定はしたくない。だが、もしもなんの情報も頼りにせず、自分で調べ、考え、判断したとしたらどうだろう。結果が多少(あるいはかなり)悪かったとすれば、すべて自分のせいになる。自己否定100%である。これは辛い。であれば少しでも多少の責任転嫁をして楽をしよう、それでいて相手にも迷惑をかけずにこれからも信頼関係を築いていけるように…などなど、実は自分を否定しないですむように、まず相手との信頼関係を築いてから考えたり判断をしようとすることもあるだろう。そんなふうに、実はものをひとつ購入するにしても、私たちはいらぬ気を使っているのだと思う。それだけで消耗していつまでも判断できない人もかなりいるのではないだろうか。

かくいう自分もまったくそういうタイプだ。いったい全体、自分がなにをしたかったのか、なにが欲しかったのか、なんのためにそれを購入しようとしたのか・・・周囲との関係ばかり考えてしまい、いっこうに進展しないことも多々ある。つきつめれば自分は物欲があまりないのかもしれません、という結論に達してしまいそうである。そんなはずはない、と思うが、やはりないものはないのではないだろうか。たとえばアマゾンの奥地で昆虫採集をしたいとか。月の石がおちている砂漠があるのなら冒険してそれをみつけたいとか。吉村先生のように遺跡を発掘したいとか。そういう知的探究心ならばいくらでもあるのだ。宇宙人が飛来したから誰が通訳が必要だ、ということならいのいちばんで宇宙語会話学校に入校してしまうかもしれない(いや、すでに入学しているのかも)。

なにをいいたいのかわからなくなったが、そんなことをつらつら考える時節柄?ということで…。

24年にして少し慣れた。

少しMacの操作にも習熟して、仕事の効率がややよくなってきた。
新しいツールも日進月歩。どんどん変化していく。OSも毎年のほうにアップデートしていく。OSをつかいこなし、新しいツールを検証し、導入し、実践に投入してみる。そうこうしているうちに、数百の試みのうちひとつ、あるいはふたつが仕事に収穫となって実らせてくれる。

もうかれこれ24年ほどのおつきあいだ。それでもまだこのマシンを使いこなせてはいない。よくできているが、もてあまし気味だ。もっと勉強していかなければ。。。

ちなみに自分がMacをつかいはじめた当時はこんなカタチをしていた。名前もMacではなくMacintoshと呼ばれていたのだ。画面は当然モノクロ。とても小さかった。日本語もろくに使えなかった(信じられない!!)。

あの頃はインターネットすら存在せず、カメのような速度のモデムでサーバーにアクセスしては電子メールを受け取りにいったものだ。それでもオンライン登録もできたし、カード決済でソフトを購入することもできるようになっていた。もちろんすべてUSAにアクセスするのだが。。。(今どきの常識からすると、国際電話で外国のサーバーにアクセスするなんて正気の沙汰ではないですよね。)それでもいわゆるパケット通信網が少しずつ普及していて、それを利用するとかなり安く海外の情報データベースにアクセスできたのでした。個人で利用する人はほとんどいなかったでしょうけれど、最新の情報を得るには他に手段がなかったのです。今ではほとんどメジャーなソフトは日本語化されて不自由がなくなりました。また海外製のソフトも簡単に購入できるし、なんら困ることはありません。

が、選択肢が非常に増えつつあり、また情報が多すぎてそれらを取捨選択することが難しくなってきました。うっかり検索すると無数のサイトがヒットしてしまい、つらつらながめているとあっという間に時間が過ぎていきます。それではキリがないので専門誌を参考にしたり、じっくり調べたいものについては書籍を手にいれることもあります。でも読む暇もなく本が山積みに・・・。

必要な情報をフィルターにかけながら、それを自分のものにする工夫がずっと求められつづけるのでしょうか。大変に厳しい時代ですよね。休まる暇がないもの。。。ネットのない世界に1日でも行って戻ってくるとギャップを埋めるのにかえって苦労します。それぐらいなら、常に肌身離さずITの世界へのゲートを持ち歩くほうがよほど楽。それが自分にとってはiPhone。時代に追従する為の必須の道具。Macintosh時代から応援してきたおかげで、Appleはこんなに便利なものを作ってくれる会社に成長してくれました。20年以上応援してきたコアなファンの人達みんなのよろこびでしょうか。。。安い時に株かっておけばよかった(笑)まさかこんなに成長するとは思わなかったんだよねぇ。