今日の徒然:春の陽気

一気に春の陽気。今日は終日、レイキのワークをしていましたが通りをはさんだ円山公園から、楽しい空気がしっかり伝わってきました。円山公園界隈は、これからとてもいい季節なので、この時期に是非ぶらっと散策で訪れてみてほしいです。

さきほどカウンセリングのメニューの一部、表記を修正しておきました。ご連絡くださった方、ありがとうございました。なかなか細部まで校正してきれず、時々誤字がありご不便をおかけしているので、ご指摘いただけるのは、とてもありがたいです。少しずつHP全体の更新の下準備は進めていますがあまりにもページが多いので、文字通り牛歩の歩みです。

今日のレイキのレッスンでは、新しいトレーニング方法の指導方法にひと区切りがついたので、次回からのセミナーに盛り込んでいこうと思います。少し上級者向けですが、さらに効果を実感してもらえるテクニックが完成したと思います。

今日の徒然:スピリチュアルなレッスンも様々

お子さんがいる方のレッスンでよくやるのが子宮で感じましょう、というワーク。
これをすると、頭を使うことなくお子さんの身体をつくっている細胞とエネルギーがつながりやすくなります。細胞とエネルギーがつながる、ってどういうことかというと、自分の身体感覚を通してほとんどの情報が伝わってくる、ということです。もともとはひとつだったわけですからお子さんが産まれた後もイメージをキープしていくといいんです。

これが完成されると、子供が小さいうちは言葉がうまく使えなくても、なにをして欲しいのかを感じ取ることができます。成長したら、身体はなにを欲しているのか言葉に惑わされずに理解してあげられる。大人になったら甘えることを我慢するようになってしまうけれど、体調に合わせて絶妙な塩加減のおむすびを握ってあげられる。そういうお母さんって素敵だと思うんです。そうすると、子供も自分の身体になにが必要かを母親の行動を通して理解できるので、ひとりだちしても自分の健康を守れるわけです。ちょっと風邪気味だからお腹を冷やさないようにして早めに休もうとか。当たり前にやっていれば防げるはずの病気も、そういう感覚を身につけていないとうっかりしてしまいます。

そもそもこういうワークはスピリチュアル?のジャンルなのかどうか。どこかの雑誌に載っていそうですよね。

今日の徒然:亡き人の思いを読み解く

ご家族を亡くしたご遺族からのご相談もよくあります。もっと生きていて欲しかったという思いは皆さん共通。失った痛みに耐えることもそうですが、残された側が日々どう生きるべきか。死者の思いを問うことは、なかなかむずかしい。

先日、遺品をお持ちになられた方がいらっしゃいました。ひとつひとつに、旅立たれた方のメッセージがこめられていました。

ものにこめられた亡き人の思い。それを解読するのが自分の使命だと思っています。

それにしてもなぜかこういったご相談が以前よりも増えたように思います。

今日の徒然:ニッカド電池は捨ててはいけない

毎日、使っている電気シェーバーの電池がすぐにきれるようになってきました。もう年数がたつのでバッテリーの寿命がきたようです。こういうものは修理にだしても、買ったほうが安いといわれてしまいますので、普通は捨てて買い換えるでしょう。

ただ、内蔵の充電池は外してリサイクルに出さねばなりません。モーター製品はだいたいがニッカド電池が使われています。カドミウムが含まれていますので、普通の経路で捨てると環境を汚染し、人体にダメージを与えます。リサイクルは義務付けられていますがあまり実践されていないようです。

ニッカド電池が内蔵されている電化製品はそのまま捨ててはいけないのです。普通の家電製品なら燃えないゴミに出せばいいのかもしれませんが。ではどうすればいいか。分解して、バッテリーを取り外すしかないんです。

さて、電気シェーバーですが、寿命だとしたらどのみち分解してニッカド電池を取り出してホーマックのリサイクルボックスまで持っていかなければいけません。どうせ分解するならと、検索してみると交換部品が数百円で売られていました。取り寄せて交換してみました。小さなネジを幾つも外して、やっと分解できました。一般的には分解は無理でしょう。となるとほとんどが燃えないゴミに捨てられているのでしょう。

有害なカドミウムの環境汚染はいずれ問題になるかもしれません。

売る側にも問題があり、リサイクルすべしというルールを作ったほうにも問題があります。が、私達ががんばってなんとしてでもカドミウムを撒き散らさない、と決意すればそれで解決する問題です。

自分は今、とても忙しいのでできませんが、もし学生時代のように時間がありあまっていたら、電気シェーバーが捨てられているのを見つけたら、拾ってきてバッテリーを取り出し、バッテリーはホーマックに持っていきます。

#それにしてもどうしてホーマック、大手電気店にしか回収ボックスがないのだろう。とても不便ですよね。

#かくいう自分も、実はシェーバーを分解までしたのは今回が初めてで・・・。つまり先代のシェーバーは多分、環境汚染させてしまったのですね。愚かでした・・・

#コードレスホン子機の交換バッテリーもよくニッカド電池が使われてます。捨てる時は必ずリサイクルボックスへ持っていきましょう!

#古いパソコン、携帯は必ずリサイクル業者にだしましょう。貴重なレアメタルが回収されています。プリンターなども引き取ってくれる業者もいます。
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数値は厳密に調べたものではないのですが、単三のニッカド電池あたりカドミウムの含有量は3g。一方、カドミウムの暫定許容摂取量は『人の体重当たり1 kg1週間7μgまで』とされているようです。人体の許容量の数千倍ものカドミウムが単三電池一本には含まれている計算になります。

パピヨン文庫版

初版発売の時、PVに楽曲を提供させていただいた。個人的にもとても印象深い本だったので、文庫版が発売になったということで改めてご紹介です。

この本では「看取る」ということがテーマのひとつになっています。家族が身内を看取る、ということだけでなく現代は終末医療、介護に関わる方が年々増えていると思います。

人が死を迎える、その過程に関わることやなんらかの役割を担うことは、経験があってもなくても大変なことです。

普段、ものごとをスピリチュアルな観点で考えることが多い自分ですが、リアルに身内の死と向きあうということをじっくり考えさせてもらった本です。ランディさんの本は、どの作品もそうですが非常にリアルです。読んでいくと単なる小説とはいえない圧倒的なリアリティに飲み込まれるような感覚になります。そのリアリズムがエンターテインメントとして昇華した作品が「マアジナル」だったと思う。扱っているテーマは「UFO」なのだが、読んでいるうちに自分の周りでもこんなことが起きているのかもしれない、と信じこまされるほどぐいぐいと不思議な世界に引き込まれる。いっきに読了する人が多いのもうなずける。自分も二度つづけて読み通してしまった。

さて「看取る」ですが、パピヨンの題材はたしかに重いし、読むには少しだけ心構えが必要な気がします。そんな小説に、自分の曲が合うのかどうか、正直心配でした。公開された直後も、あらためてPVをみながら・・・これでいいのかなぁという気持ちしかなかったのですが。

今となっては、これしかないよね、と思っています。看取るはたしかに辛くてどうしようもない場面もあるのですが、トンネルを抜けた向こう側に素晴らしい世界も待っている。魂は無限の輪廻をくりかえしていくのです。けして終わることのない光の大河を、とうとうと流れて永遠の輪廻をどこまでも旅しつづける彷徨い人…。

※携帯はこちらから
パピヨン 死と看取りへの旅 (角川文庫(学芸))

マアジナル

今日の徒然:音楽のご縁

山川紘矢さんとのご縁のことを一度、書いたかもしれない。ただ、自分の提供した楽曲は彼のHPでも試聴はできないので先日つくったCDショップサイトに、ついでに試聴できるページを追加してみた

自分にとって音楽は大切な活動の柱であって、今日ここに至るまでの多くの人達とのご縁が音楽家としてつながりをいただいてきたことは間違いのない事実だ。自分でも、もう少しそんな自分らしさをリスペクトしていかなければいけないと思う。それは多分、この季節にとてもいいコンサートができた経験があるから考えるのだろうな。

まだサロンをひらく前のこと。素晴らしいご縁があって沖縄にコンサートに出向いた。その直後におとなりの江別市でコンサートを開いた。ちょうど4月の温かくなりはじめた季節で、南の島から北海道に戻ったばかりの自分にとって、やはり北海道の春の季節は特別なんだということを実感したわけです。その感覚をそのまま演奏に託してみたのですが、運良くその時はレコーディングも頼んであったので非常によい録音がとれたのです。自分の人生でこんなにいい音でライブ録音がとれることはもうないだろうというぐらい最高の音でした。以前は自分の演奏が正直、未熟すぎてとても受け入れられなかった。何度きいてもやっぱり好きになれないという自己嫌悪モードからなかなか脱却できなかったのです。それに、演奏のテーマが最初のアルバムと同じだったので、3枚目のアルバムとして発売することに非常に躊躇がありました。手製でわずかばかり配布しましたがそのままお蔵入りになりました。

今日、その演奏をひらいた会場の近くを訪れる機会があり、その頃の演奏の記憶がまざまざと蘇ってきました。改めてきくと、なかなか良い(笑)。あの頃は若かったな、というように自分の演奏だけれど可愛い我が子を愛おしく思えるような感覚にやっとなれました。機会があればいずれはこの音源もちゃんと巣立たせてあげたいと思っています。

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※野幌原生林にて

改めて発売できるかもしれない音源としてリストにいれておきます。こちらで試聴できるようにしておきました。

今日の徒然:野幌森林公園にて

久しぶりに野幌原生林。季節を問わず音楽のインスピレーションを求めて幾度も足を運んだ土地。この場所で本当にたくさんのエネルギーを感じさせてもらいました。今、さまざまな自然の波動を感じられるようになったのも、この原生林で学んだものがたくさんあります。特に小動物が多いので、動物の自然霊との交流はここで会得したといってもいいぐらい。この森で散策をする人は皆、気さくで気持ちのいい人が多い。
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帰り道、せっかく遠出したのでCafe マルシェさんにお邪魔しました。
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オーナーさん厳選のオリジナルブレンドコーヒーはすっきり飲みやすく、手作りのケーキは甘さ控えめでとても食べやすい。

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駅前広場から正面にみえるマンションの1Fです。森林浴の帰り道に寄ってみてください。

「CAFE Marché(マルシェ)」
厚別区厚別北2条4丁目1−2 
JR森林公園駅前TOPS 1F
TEL 011-896-8997
10:00〜18:30(月曜定休、Pあり)
※札幌から車で向かう場合、12号線沿いの「森林公園駅」のサインを目印にはいると駅の反対側に着いてしまいますので、まず厚別通(3番通り)に入ってから、どんぐり(パン屋)のある交差点から入ってください。駐車場はお店の裏側、マンションの駐車場内に表示があります。

一生のご縁

会社員の6割が今の会社に一生勤めたいと思っている。そんなアンケート調査がある。ところが新卒で就職した人の35%が3年以内に離職してしまうそうだ。一生の勤め先にしたいが、実際にはそううまくはいかない現実がある、ということか。

人が人生につける仕事はそう多くはなく、一つの人もいれば幾つかを転々とする人もいる。たとえ自分で起業するとしても、ずっと同じ看板で通せるとも限らない。人は時代の流れに翻弄されるしかない小さな存在。そんななかで、自分を磨く。川底をころころと転がっていく石ころだ。流され、転がることでまるくなる。まるくなること、そのものが生きる目的のひとつでもある。それでも一生勤めたい、と思う心がある。

一生勤めたいと思うほどの企業との縁。一生添い遂げたいと思う相方との出会い。一生ファンでいたいというアーティストとの出会い。人にとって、一生を捧げるほどのなにか、というのは様々あるけれど、どんなことがあってもその気持ちがブレない、変わらない、永遠のものであるというほど大きな、強いご縁というのは、そう多くはないと思う。稀にそういうご縁を得られた人生というのは、それだけで産まれてきたかいがあったといえる。一生を超えて、永遠の宝になる。

あえていえば一生大事にしたいほどのご縁であるかどうかは、いつまでも心にのこる大切な宝であるかどうかが重要なのであって、本当に一生続けばよいというものでもない。たった3年でも、心に温かいものが残ればとてもよいご縁だったと思う。要は、そこでどれほど魂が充電できたか。それに尽きる。桃太郎のきびだんごのようなものかな。大切に思われることで、人は強く、打たれ強くなる。そして目的にむかって立ち上がっていける。本当に良いご縁というのは、ふらふらと流されていた自分を理由もなく拾い上げ、育ててくれ、一生生きていけるだけの力を与えてくれる、そういうご縁だろう。

ある日のカルテより:季節の変わり目

春、季節の変わり目。そんな時期に子育てをしている主婦の方からの相談がありました。

子供たちの感情や体調の変化、自分をとりまく環境への対応。めまぐるしい日々のなかで、思うように対応できなかったり、子供たちの言動を受け止めきれなかったり、お母さん同士の関係のなかで疲れてしまったり。あっという間に過ぎていく時の流れのなかで女性は自分を見失いそうになっていたようでした。

最初からその女性は霊的な感受性が強い方だと思いましたから、祈りを学んで欲しいとお伝えしてきました。その時は、年度の変わり目ということもあり、お子さん達をとりまく環境が変化し、とうとう気持ちが対応しきれなくなっていたようです。その時の女性の身体の状態、ストレスの状態、そこから混乱や孤立感が強まっていることを説明し、一時的なものであることを理解してもらいました。

元来が自分の中にある信念をしっかり受け止め、保ち、磨きあげていきたいという思いを強くもっている方でしたから、自分を否定することなく、これからも世のため、人のためになにかできることがあるのだと心に念じながら、一心に家族の未来の為に、北海道の未来の発展の為に祈っていくようにお勧めしたのです。

その方の内面にある、一番大切な部分をしっかりご説明してあげられたセッションでした。その後も、その方はとても元気はつらつと過ごしておられます。

今日の徒然:新月、そして魂のレッスン

ちょっとぐらっと揺れてびっくり。夜中に揺れると、とても不安な気持ちになります。特に今日は新月なので、いろいろなことが始まり、そして終わる。そんな日です。

新しい自分に出会い、対話し、これからの新しいサイクルを上手にスタートを切りたい。そんな方との出会いが新月の前後には多いです。

皆さんは知らず知らずのうちに、導かれ、自分にとって、一番いいタイミングで魂のガイドからメッセージを受け取っていますね。そして、自分では気づかない「心の声」をきいたり「身体からのメッセージ」に気付かされたり。過去の出会いから改めて感謝を学んだり。辛かった経験がなぜ必要だったのかを理解して、受け止め、不完全な自分を受容し、新しいスタートをきる糧にできたり。どうしようもない状況を、自分に有利な状況に切り替える心のしなやかさを身につけたり。そんなふうにスピリチュアルな変化を自分のものにしていきますね。

現実はあくまで私達が魂を磨く為の、教材のようなもの。周りに用意され、横たわり、がんとして動かない。そして時と共に刻々と変化していく大河のようなもの。自分はといえば現実に翻弄される木の葉のような小さな存在。ところが自我というものは、自分が小さな木の葉だとは思っていない。とても強い意思をもっていて、生きる意味を日々追求してやまない。無意味な時間には怒りをおぼえるし、成し遂げた結果には評価をもとめる。疲れればなにもしたくなくなるし、高揚すれば騒いで発散したくなる。獣と同レベルのどうしようもない本能もやどしている。大人になれば面倒な役割を演じていい人になるしかない。役にはまったら最後、本当の自分は押し殺して還暦後の余生に期待するしかない。すべてが自己中心で、身体と、心が満たされることだけを日々追求してやまない。それらが満たされなければ「たまたま自分はついていなかったのだ」と思う。それが人生というもの。

けれど、私達の魂は現実に満たされることを求めてなんかいない。富も名声も裕福な暮らしも求めてなんかいない。誰かにやさしくされたいとも思ってなんかいない。魂がこの世に生まれ変わってきて苦労を背負うのは、素敵な人に出会う為でもなく、家庭を持つためでもなく、奉仕をする為でもない。

魂は愛を受け取る為に、この地上にやってくる。

神様の愛という永遠の光を探し求めてやってくる。

それを簡単に見つけられる魂もあるけれど、何百年も、何千年もかけてゆっくりみつけていく魂もある。それぞれが、それぞれの探し方をもって生まれ変わってくる。それほど、この地上には愛の光がそこら中にころがっている。誰でも、幾つでもそれを見つけられる可能性がこの地球上には秘められている。ダイヤや金は有限だけれど、神様が隠した愛の光の粒子は無数にある。魂はそれを見つけにやってくる。私も、あなたも、あなたの周りにいる人もすべて。探しものは同じ。ただ、それぞれのやり方がある。それぞれのタイミングがある。そして、それぞれ「その他にもたくさんの用事」を抱えている。お世話になった人に恩返しをしなければいけなかったり、特別なお仕事を神様から委ねられていたり、仲間をみつけて支えたり。それぞれが産まれてくる目的がある。けれど、本当はたった一つの共通の目的にむかって地球上にやってくる。すべての魂は自分磨きをしながら、自分自身が神の愛の光となる。そうやって何万年も、何十万年も、この地球や、まわりの星や、星雲や、違う次元や、もっと別な宇宙やら、さまざまな世界でもっと多くの魂達は学びを深めつづけている。

でも、私達は、自分のことだけ考えて生きていけばいい。そういうふうにできている。この地球上では、そうするだけでいいことになっている。自分が存在する意味をしっかり掘り下げ、自分だけの目的にむかってまっすぐ進んでいけばいいことになっている。結局、それが地球全体の為になる、ってことになっている。

そういうわけだから。また次の新月にむかって、自分の魂が求めている生き方ってなんだろうと考えてみてほしい。その次に、今の自分の心の声、身体からのメッセージを受け取る練習もしてほしい。

魂のガイドはみんなそれぞれについているのだから、魂のレッスンを受けたいと思えば、その瞬間から学びはスタートできる。教材は願った瞬間に届く。そういうことになっているから・・・。